津田中学校が開校した時の授業はどんな感じ?【ひらかたクイズ】

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今回のクイズはこちら↓

Q.津田中学校が開校した時の授業はどんな感じでしょう?

a.ずっと同じ時間割で国語、社会、数学、理科の繰り返し
b.ずっと同じ時間割で音楽、体育、図工の繰り返し
C.国語と社会だけ(理数系はなし)
d.荒れていたので授業どころではなかった












さあ、なんでしょう〜?








正解は…aの「ずっと同じ時間割で国語、社会、数学、理科の繰り返し」でした。

ソースは枚方市史第5巻の120ページ。
そこには1947年(昭和22年)4月22日に開校したばかりの津田中学校の授業の様子が書かれていました。

津田中学校

それによると、

「毎日同じ時間割で国語・社会・数学・理科のくりかえし授業が続いたという」

との文章が。

その理由としては音楽・図工・体育などを指導する教員がいなかったから。
実際、津田中学校が開校した時の生徒数は約200人、対して教員は学校長ほか3人と圧倒的に人手不足だったようです。

さらに開校した時、津田中学校は独立校舎がなく、津田小学校講堂を教室、玄関を職員室・校長室として借用していたとのこと。

独立した校舎を持ったのは開校して6ヶ月後の10月ごろ。

藤阪の大阪第一陸軍病院(現:枚方公済病院)の南部棟を借用して移転し、長い不自由な仮住まいから開放され生徒、教師が小躍りをして喜んだそうです。

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