楠葉中之芝の集落遺跡から平安~鎌倉時代の食器が出てきたところの写真。「古代の楠葉の実態を探る上で重要な発見」

楠葉中之芝130108-07

先日楠葉中之芝で遺跡発掘調査をしてるという記事をアップしましたが、調査結果の写真などが枚方市から提供されました。

楠葉中之芝130108-14
場所は樟葉駅と橋本駅の間ぐらい。写真は旧1号線から見たところです。

↓地図ではここ

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=== ここから枚方市提供の情報をそのまま掲載 ===

01大溝と柱穴群1200px
大溝と柱穴群

02堀の写真1
堀の写真

03堀の写真2
堀の写真その2

04堀の写真3
堀の写真その3

05堀の写真4(上空から)
上空から

06 堀における土器の出土状態1
堀における土器の出土状況1

07 堀における土器の出土状態2
堀における土器の出土状況2

08 溝の長さ・井戸の直径(の考え方)
溝の長さ・井戸の直径(の考え方)


楠葉中之芝遺跡発掘調査について

【1】楠葉中之芝遺跡とは
○ 楠葉中之芝一・二丁目に広がる古墳時代~中世(鎌倉・室町時代)の遺跡
○ 遺跡範囲内には奈良時代の神亀2年(725)に行基が創建したと考えられる久修園院があるが、境内における奈良時代の遺構や遺物は未発見。

【2】楠葉中之芝遺跡の調査歴
○ 平成12年、農道整備時に奈良時代末ごろの遺構(柱穴)を確認。楠葉中之芝遺跡における遺構の初見。
○ 平成13年には、久修園院の西側で平安時代~中世の遺構(溝跡、建物跡など)を発見、集落遺跡であることが明白となった。
○ 平成23~24年度に実施した楠葉中之芝二丁目地区の試掘調査でも、中世の遺構(溝跡、建物跡など)を全面にわたって確認。この地域がかつては一定の規模を持つムラの存在が確実に。

【3】今回の発掘調査のきっかけ
○ 楠葉中之芝二丁目における土地区画整理事業に先立つ発掘調査
○ 調査期間:平成24年11月~平成25年3月、調査面積:約7,200平方メートル

【4】発掘調査の主な成果
○ 平安時代~江戸時代の建物跡、溝跡、井戸跡、耕作跡を検出。とりわけ、久修園院の北西約150mで発見された、堀によって囲まれた区画の存在は注目される。
○ 平面L字形に検出された堀の規模は、幅約2.3~3.1m、深さ約1m。堀が埋まった土からは、平安時代末~鎌倉時代前半(12世紀後半~13世紀前半)の土師器の皿や、瓦器(がき=硬い真っ黒の土器)の椀、木製の箸、灯明皿などの食器類や生活用具が大量に出土。区画内部は大型の井戸以外は何も見つかっていないが、出土遺物の様子から少なくとも鎌倉時代前半ごろの堀に囲まれた居館(=屋敷)があったことが想定できる。
○ 同時代の堀や区画は、枚方市内では津田トッパナ遺跡(津田北町)や交北城の山遺跡(交北、片鉾本町)でも発見されているが、今回の発見は規模でこれらをしのぐ。
○ その他、遺構に伴うものではないが、平安時代の高級陶器である緑釉陶器(りょくゆうとうき)、祭祀に関連する遺物である土馬(どば)、墨書土器など、一般の集落遺跡からはほとんど出土しない遺物も多数検出、今後、久修園院を含め、古代の楠葉の実態を探る上で重要な発見。

【5】意義について・広報ポイント
○ 当地区を含め、平安~鎌倉時代の楠葉は「楠葉御牧(くずはみまき)」として摂関家(藤原氏)の所領。馬を飼育する牧や荘園が営まれていた。他にも宮中や石清水八幡宮などの所領が入り組んでいた。
○ 平安時代末に後白河法皇が編さんした歌謡集『梁塵秘抄』に「楠葉の御牧の土器づくり、土器はつくれど娘の貌ぞよき」と謡われるように、都におさめる良質な土器の生産拠点として楠葉は有名。また、目の前を流れる淀川は物資の重要な輸送ルートで、楠葉は八幡や山崎とともに、利権獲得の場として当時の権力者から重視されていた。
○ 今回発見された堀に囲まれた区画は、具体的な人物の特定はできないが、淀川の水運や手工業生産の利権を手中におさめた、有力土豪層の屋敷の可能性もある。いずれにせよ淀川に面した中世のムラのあり方を考える上で重要な発見である。

【6】コメント
○ 大阪城天守閣 館長 松尾信裕 氏
 今回発見された堀に囲まれた区画は、枚方市内でも他事例に比較して特筆すべき規模をそなえており、鎌倉時代における地域の有力者の館跡(たちあと)の可能性がある。中世の楠葉という地域の様子を解明するのに、大きな手がかりとなったと考えられる。

各遺構(井戸、堀、溝)の規模について

1工区西(農道西側:淀川側) 井戸
直径:約4.6m(平均)
深さ:約2.5m

1工区西(農道西側:淀川側) L字形の堀
南北方向:約11.2m(調査区内)
東西方向:約14.0m(調査区内)
幅:約3.1m(東側堀の平均)
  約2.3m(西側堀の平均)
深さ:約1.0m(平均)

1工区東(農道東側:山側) 北側の溝
長さ:約41.5m(調査区内)
幅:約1.3m(平均)
深さ:約0.5m(平均)

1工区東(農道東側:山側) 南側の溝
長さ:約34.5m(調査区内)
幅:約1.0m(平均)
深さ:約0.4m(平均) 
=== 枚方市提供情報ここまで ===

色々出てきたんですねー!
遺跡発掘調査してるところはよく見かけますが、食器などが出土してきてる様子を写真で見ると、何か「ほんまに出てくるんや!」と変に感動してしまいました(笑)

もしかしたら今この記事を読んでる誰かのご先祖が使ってた食器かもしれないですよねー。わくわく。


ライター:カズマ カズマ

カテゴリ : 話題 歴史

この記事へのコメント

1. くまきち   2013年07月16日 20:07
こちらの遺跡、あっという間に埋め戻されました。
昨日、京阪電車から見たら雑草が刈り取られフェンスが立てれれていたので、もうすぐ宅地整備が始まるのかもしれません。