枚方市駅前の一角。
かつて、多くの若者たちの青春を燃やした伝説のライブハウス「枚方BLOW DOWN(ブロウダウン)」がありました。
その場所に、いま新たな音楽の拠点が生まれようとしています。

LIVE BAR「sweet music ReMEMBERS(スウィートミュージックリメンバーズ)」を運営する眞鍋 総一郎(まなべ そういちろう)さん。
中学3年生でバンドを結成し、高校1年生で初めてブロウダウンのステージに立った彼は、今、“ブロウダウンの魂を受け継ぐ場所”を作ろうとしています。
約6年間続けてきた「sweet music ReMEMBERS」が2026年5月1日、移転に伴いリニューアルオープン。現在、約1500万円規模の移転プロジェクトに挑戦しながら、クラウドファンディングを通じて支援を募っています。
今日はそんな眞鍋さんにお話を伺いました。
「ライブハウスって、人生が変わる場所なんです」
――まず、音楽を始めた頃の話から聞かせてください。

本当にずっと野球少年やったんですよ。小中ずっと野球やってて、野球辞めて暇になったから、なぜかバンド始めたっていう(笑)。
中学3年生の時に同い年のメンバーが集まって「Self-Portrait」というバンドを組みました。

――最初からライブハウスに出ることも目指していたのですが?

そうですね。当時は「ライブハウスに出てる人ってみんなプロなんや」って本気で思ってたんですよ。
だから“ライブハウスに出るにはオリジナル曲が必要”って思い込んでて。
ドラムもないので布団叩きながら家でみんなでいつも曲作りしてました(笑)
――初めて行ったライブハウスがブロウダウンだったんですよね。

そうです。初めて行ったのもブロウダウン、初めてライブしたのもブロウダウン。
僕らにとっての原点なんです。
「ライブハウスの魅力を、街へ持っていきたかった」
ブロウダウンは残念ながら閉店してしまい高校時代は寝屋川のライブハウスを拠点に活動を続けることになったそうですが、その中で出会ったバンドに人生を大きく変えられたそうです。

「バンドってこんなかっこいいんや」って衝撃受けたんです。
ライブって、人の人生を変えるくらい力があるんやなって。
だから、自分も“誰かのきっかけになる側”になりたいと思いました。
そんな瞬間をくれた寝屋川VINTAGEの皆さんには本当に感謝していますしその想いが、後の「水都音楽祭」に繋がっていきます。

――2011年に野外フェス「水都音楽祭」をはじめましたよね?

きっかけは、枚方・岡東中央公園で開催されたアンダーグラフさんのフリーライブでした。
僕らもオープニングアクトで出させていただいて、“街のど真ん中で、こんな音出していいんや”って衝撃やったんです。
ライブハウスって、来た人しか魅力を知らない場所じゃないですか。
でも、その熱を外に持っていけたら、もっとたくさんの人に届くんじゃないかって。
「この公園借りるにはどうしたらいいですか?」って市の方に相談して、水都音楽祭が始まりました。
イベント名の由来は、当時の橋下知事が掲げた「水都大阪構想」です。「“水都音楽祭”って名前なら目に留まるかも」くらいの感覚でした(笑)
「高校生50人で始めたフェス」が、200組超の登竜門へ
――水都音楽祭って、最初は本当に手作りのイベントやったんですよね。

めちゃくちゃ手作りでした(笑)。
高校生のボランティアスタッフが50人くらい集まってくれて。
イベントに賛同していただいた協賛金を元手に機材を借りて。
お金もないし、経験もないし、本当に“やりたい”だけで動いてました。

――続けるのって大変じゃなかったですか?

めちゃくちゃ大変でした。特にお金ですね。
スタッフにちゃんと還元したいとか、お弁当出したいとか、いろいろ思うんですけど、全然余裕ないし。
それでもみんな「楽しいです」って言ってくれて。
今、ReMEMBERSで働いてくれてるスタッフって、当時ボランティアスタッフをしてくれていた子達なんです。
だから今一緒に仕事できてることが本当に嬉しいんですよね。
――水都音楽祭って、順風満帆ではなかったですよね。

2014年は騒音クレームがすごくて、イベント中ずっと交番にいました。
「クレーム来たら対応してください」って警察に言われて。
戻ったらまた別のクレーム来てて…。
翌日、市役所にも呼ばれました。
――その時、「もうやめよう」とはならなかった?

ならなかったですね。終わらせたくなかった。
だから会場なくなっても、小さい形でも続けたんです。

――そこから花火大会との共催に繋がった形ですか?

はい。僕たちを応援していただいている方が繋いでくれて、花火大会を主催されている代表の井關さんと出会って。
2016年にまずボランティアで参加させてもらって、素晴らしいイベントだということを体感しました。「ぜひ一緒にやらせてください」ってお願いしました。
――「大きいイベントにしたい」っていうイメージはあったんですか?

いや、最初はそこまでじゃなかったですね。
とにかく「ライブハウスの魅力を、ライブハウスに来たことない人に届けたい」っていう気持ちが一番強かったです。
小さい子でも、おじいちゃんおばあちゃんでも、誰でもふらっと音楽に触れられる場所を作りたかったというのが一番です。

――そこから、今ではすごい人数が応募するイベントになったとのことですが

そうなんですよ。今は大阪府内13会場でオーディションやってて、総勢200組以上がエントリーしてくれてます。
全国から応募もありますし、専門学校の学生の子たちもすごく多いですね。
――かなり“登竜門感”が出てきましたね

ありがたいことに、ちょっとずつそうなってきました。
先輩が水都音楽祭に出てるから応援しに来て、「自分たちも来年出たい」ってなって。
またその後輩たちが見に来て…みたいな流れができてるんですよ。
だから今は、“大阪の若手アーティストの登竜門”みたいな存在になれたらいいなって思ってます。
――地元のライブハウスでオーディションやったんですよね?

そうですね。最初はライブハウスで予選やって、勝ち上がったら水都音楽祭に出れる、みたいな感じでした。
でも続けていく中で、ライブハウス側とも一緒に成長していける形になっていって。
今はオンラインや配信も取り入れてるので、もっといろんな人に参加してもらえるイベントになってきました。
――イベントが大きくなっても、“最初の気持ち”は変わってない?

そこは全然変わってないですね。
やっぱり、「誰かのきっかけになる場所」でありたい。
僕自身がライブハウスに人生変えてもらったので、今度は自分たちが誰かの背中を押せる側になれたらいいなって思ってます。
「ReMEMBERS」は“365日の水都音楽祭”
――そしてsweet music ReMEMBERS(スウィートミュージックリメンバーズ)のスタートですね。

水都音楽祭って年1回しかないじゃないですか。でも、“365日、水都音楽祭みたいな場所”が欲しかったんですよ。
誰かのきっかけになれる場所。だから「sweet music ReMEMBERS」って名前にしました。

――オープンがコロナ禍。

はい(笑)。でも逆に、“今しかない”とも思ったんですよ。
コロナでバンドが思うように活動できない時期で、自分のエネルギーを注げる機会でもありました。
周りにはめちゃくちゃ反対されましたけど(笑)。
でも、ずっと前から拠点を持つって決めてたんで。
ブロウダウンを超えたい
――お店でやっているイベントに「BLOW OVER」と名付けていますが

“コロナを吹き飛ばす”って意味と、“ブロウダウンを超える”って意味で想いを込めてます。 だいぶおこがましいですが(笑)。
沢山の方々に愛されていたライブハウスに敬意を持って。
――今のReMEMBERSって、本当に人が集まる場所になりましたよね。

ありがたいことに。
オープン当初はライブが月10本程度しかなくガラガラの日もいっぱいありました。でも、「来てよかった」って思ってもらえるようにしたかったんです。
だからスタッフみんなで、出演者にもお客さんにもちゃんと向き合ってきました。
売上もゼロからのスタートでしたが、休まず店を開け続けたことで時短営業の中でも店を止めずに開け続けたことで音楽仲間やお客さん達が本当に応援してくれました。
――「ReMEMBERSが初ライブ」って子も多いとか。

めちゃくちゃいます。それが本当に嬉しいですね。
僕自身、初ライブの場所って一生忘れないんですよ。
だから誰かにとって、そういう場所になれてるのが嬉しい。

枚方以外にありえない。1500万円の移転挑戦
――今回の移転って、かなり大きな決断だったと思うんですけど、そもそものきっかけは?

一番大きかったのは、やっぱり立ち退きですね。
都市開発の流れもあって、今の店舗のビル自体もだいぶ古くなってきてたので、「いつかは移転せなあかんやろうな」っていうのは前から思ってたんですよ。
水圧もめちゃくちゃ弱くなってたり、建物の老朽化もかなり進んでて。
でも、正直まだ準備できてない状態やったので、「うわ、ついに来たか…」って感じでした。
――じゃあ、移転自体は前から頭にはあった?

ありましたね。実は3年くらい前からずっと物件探してたんです。
――その中で、「枚方以外」は考えなかった?

それは全然考えなかったですね。
梅田とか心斎橋とか、ライブハウス的に言ったらもっと人が集まりやすい場所もあると思うんですけど、ReMEMBERSって“水都音楽祭の拠点”として始めた店なんですよ。
だから枚方じゃないと意味がないなって。「365日、水都音楽祭みたいな場所を作りたい」っていう想いで始めたので。
――その中で、今回の場所に出会った。

そうなんです。しかも、ブロウダウンがあったビルなんですよ。
運命を感じますよね(笑)
――やっぱりそこは大きかった?

めちゃくちゃ大きかったですね。
僕にとってブロウダウンって、本当に原点なんですよ。
初めてライブした場所やし、ライブハウスの楽しさを知った場所やし。
だから、そのビルでまた音楽の場所を続けられるっていうのは、すごく意味があるなって思いました。
――ただ、条件的にはかなり大変やったんじゃないですか?

めちゃくちゃ大変です(笑)。
家賃も今の倍以上になりますし、しかも今回はスケルトンからなんで、工事費用もかなりかかる。
契約金や設備とかも含めたら、合計1500万円くらいかかります。
――それでも「やる」って決めた。

もう、「ここやったらやるしかない」って感じでした。もちろん不安はありました。
でも、“ブロウダウンのビルでReMEMBERSができる”っていうのは、自分の中でめちゃくちゃ大きかったんですよ。
だから、「どうにかせんとあかんやろ」って。
――今回クラウドファンディングを始めたのも、その流れの中で。

そうですね。
もちろん全部をクラファンで賄うわけじゃないんですけど、やっぱりたくさんの人に“この場所を一緒に作ってほしい”っていう気持ちがあって。
今400万円近く集まってるんですけど、本当にありがたいです。
――支援者はかなり多いのですか?

250人近い方が参加してくださってます。
しかも、自分が知らなかった方もめちゃくちゃ多くて。
たぶん、出演してるアーティストを応援してくれている人達が、「その子が大切にしてる場所なら応援したい」って思ってくれてるんですよね。
それが今回すごく嬉しかったです。
――クラファンの内容も、“ライブハウスらしい”というか。

そうですね(笑)。照明とか椅子とか、「これ私が支援したやつです」って言えるようなプランも作ってて。
みんなで作るライブハウスにしたいんですよ。
――新店舗はどんな場所になりそうですか?

今よりちょっと広くなって、着席50席くらいですね。
ちゃんとステージもありますし、設備もパワーアップしてます。

――でも、“初ライブの場所”っていう役割は変わらない。

そこは絶対変えたくないですね。
有名なアーティストにも来てもらいたいですし、でも同時に、「初めてライブハウス出ます」っていう若い世代も出れる場所でありたい。
それがReMEMBERSやと思ってるので。
――最後に、移転してからの目標を聞かせてください。

実際に来てくれたことがある人の心の中だけでいいので、日本一のライブバーにしたいです。
ライブハウスって、人の人生変える場所やと思うんですよ。
僕自身がそうやったから。だから今度は、自分たちが誰かの人生のターニングポイントになれる場所を作りたい。
皆さんと大切な瞬間を共有しながら、20年、30年と続いていく場所にしたいなと思ってます。

5月4日、新生ReMEMBERSが正式オープンしました。
5月から7月までは“こけら落とし月間”として、多くのアーティストを迎えながら新たなスタートを切り、8月には開店6周年を迎えます。これからさらに、この場所からたくさんの音楽と出会いが生まれていくことでしょう。
ブロウダウンで音楽に出会い、育てられた眞鍋さん。
今度は自分が、“誰かの背中を押す側”になろうとしています。
水都音楽祭で多くの若者たちにステージを用意してきたように、ReMEMBERSでもまた、新しい夢や挑戦が始まっていくはずです。
「誰かの何かのきっかけとか原動力になれるようなお店にしたい。
誰かの人生のターニングポイントになれる場所にしていきたいです。
20年、30年と続いていくお店にしたいなと思っています」
ブロウダウンの灯が消えて20年以上。
あの場所に、再び新しい音楽の灯がともろうとしています。
眞鍋さんの挑戦は、単なるライブバーの移転ではありません。
枚方の音楽文化を次の世代へつないでいく、大きな一歩になっていくのかもしれません。
新生ReMEMBERS クラウドファンディング実施中
期間:5月末まで
目標金額:500〜600万円
支援プラン:3,000円〜500,000円まで多数用意
詳細はReMEMBERS公式サイトをご確認ください。
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