戦争時、枚方出身の兵士が戦闘機で枚方小学校上空を飛び、帰ってこなかった話

いまお盆休みということでいろんなところで戦争の話を聞くと思いますが、枚方での戦争時のお話が↓のブログに掲載されています。


京街道沿いにある塩熊商店さんのブログです。先日「レトロな扇風機」の記事でもリンクさせていただきましたが、画像を提供していただきました。

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戦時中の小学校の写真。おそらく枚方小学校とのことです。

当時塩熊さんの家にいた子ども5人のうち4人が従軍し、そのうちの1人、久雄さんは海軍の戦闘機乗りになったそうです。久雄さんはその後戦争で亡くなっているんですが、同級生だったというおじいさんが塩熊商店を訪れたことがあるらしく、当時の話を聞かせてくれたんだとか。

その話というのが、「久雄さんが帰ってくる」という連絡を受けて同級生が小学校に集まったという話なんですが、続きはリンク先で読んでみてください。久雄さんの写真も掲載されていますが、少し切ないです。

リンク先にも書かれていますが、当時の20歳そこそこの青年の顔つきって『精悍』といえばいいのか、『芯がある』というか、笑顔などでもどこか気合が入った顔をしてますね。戦地から家族へ送った手紙などの文章を読んだことがある方も多いと思いますが、とても若者が書いたとは思えないような文章だったりします。ほんと勝てません。

戦争についてのいろんな意見や議論は別として、当時の若者の犠牲の上に現代があるのだなということを年に1度はしっかり考えるという意味でもお盆って大事ですね。

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こちらは今の塩熊商店さん。ここは今年新しく建てられました。
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※塩熊商店さん、写真提供ありがとうございました!
ライター:カズマ カズマ

カテゴリ : 歴史 枚方フォト

この記事へのコメント

1. 喜撰猿丸   2011年08月23日 23:07
こんばんは、喜撰猿丸です。
私もリンク先のブログを拝見して、胸が詰まる思いがしました。こういう言い方がよいのか分かりませんが、短編小説にでもなりそうな逸話ですね。

手紙の文章の件などについては、この頃は、良くも悪くも、今と違う意味で早く大人にならされた時代なのかな、とも思いますが、教育の内容や方向性などの違いもあり、単純には言えませんね。

戦争その他いろいろなことで犠牲になった方や、一生懸命働いて、高齢になった方が今の社会の基礎を作っているということは、仰る通り、忘れてはいけないと思いますね。