コマツ製作所付近のアゼクラ遺跡で重要な発見があったみたい。7世紀頃の北河内の墓制を根本的に考え直すかも

上野3丁目にある「アゼクラ遺跡」で古墳時代末期の横穴墓(おうけつぼ)群が発見されたそうです。

↓こちら
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2/10(土)に現地説明会が開催され、その様子を見に行きましたのでレポートします!

↓以下、枚方市からのプレスリリースを引用
横穴墓は、群集墳の一形式とも考えられる墓制であり、丘陵斜面を真横にくりぬいた横穴式の埋葬施設である。発見した横穴墓群のうち1基では、須恵器や鉄刀、金環が出土しており、在地の有力者が埋葬されたとみられる。

隣接する京都府八幡市から京田辺市にかけては、同様の構造や副葬品をもった大規模な横穴墓群が発見されている。

今回の調査によって北河内の地にも横穴墓群が造営されていることが明らかとなり、北河内における古墳時代末期の墓制を根本的に考え直す重要な発見となった。

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当日は生憎の雨でしたがたくさんの一般見学者の方が。

ここでは、昨年平成29年12月から都市計画道路御殿山小倉線整備事業に伴う埋蔵文化財の本格調査が行われていました。(詳細はこちら

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(ここを都市計画道路御殿山小倉線が通る予定)

↓現場の枚方市上野3丁目はGoogleMAPではこのあたり。

関西外大の付近の小松製作所に隣接する部分にあります。

↓枚方市から提供があった地図はこちら。
マップ
(枚方市教育委員会提供)

アゼクラ遺跡は南側に甲斐田川、北側に黒田川があり、その間の谷筋に挟まれています。
周辺には渚東遺跡・御殿山遺跡・牧野車塚古墳など複数の遺跡が。



では、現場に入って行きます。

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現場は小倉町のバス停を奥に入っていったところにあります。

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普段は入れない場所。ドキドキです。

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入り口から現場までの道の間に地図と写真が展示されていました。

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さらに奥に進んでいくと、どんと細長い現場が。

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今回見つかった横穴墓群は、一番奥にありました。

↓この部分です。
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正面からみてみます↓
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こちらが横穴墓です。横に二つ並んでいる形。

↓ズーム
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◇調査の概要
調査地:枚方市上野3丁目地内
調査期間:平成29年12月4日~平成30年2月(予定)
面積:約640㎡。
調査主体:枚方市教育委員会
調査機関:公益財団法人枚方市文化財研究調査会

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13時から文化財課の井戸さんによる説明が始まりました。

井戸さんのお話によると、この場所は、近代には軍事施設である陸軍の枚方製造所があり、戦後には小松製作所大阪工場ができて大規模に埋め立てられ、もとの地形がはっきり分からなくなっていたそう。
厚さ2〜5m程の盛り土で埋まっていたため、この横穴墓群の存在は知られていなかったんだとか。

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上の写真の左上のあたりの地層の線からもわかるように、かなりの斜面となっております。

横穴墓とは丘陵斜面を真横にくりぬいた横穴式の埋葬施設で、群集して造られていることが特徴だそう。今回のものは斜面地一帯に横穴墓群が形成されていたと想定されるそうです。

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(枚方市教育委員会提供)

横穴墓は、墓道(ぼどう)・羨道(せんどう)・玄室(げんしつ)という3つで構成されています。
簡単にいうと「玄室」は死者を葬る部屋(遺体を安置する)です。

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造られた当時の玄室は天井がありましたが、発見したときには崩れていたようです。横穴墓と分かるまでは、この空洞は一体なんだろう?ということでなんなのか分からなかったのだそう。

写真を見ると玄室はアーチ状になっているのがわかりますね。

↓向かって右の横穴墓
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横穴墓1
・検出長6m、玄室長2.5m
・玄室幅1.15~1.5m、墓道幅0.7~1.1m。
・出土遺物:玄室床面付近から須恵器、鉄刀(刃渡り約30cm)、金環(径約2cm)
出土3
(枚方市教育委員会より提供)

出土
(枚方市教育委員会より提供)

鉄刀
(枚方市教育委員会より提供)

↓向かって左の横穴墓
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横穴墓2
・検出長6.4m、玄室長2.65m
・玄室幅1.35~1.8m。墓道幅0.8~1m。
・出土遺物:玄室床面付近から土師器、鉄釘。
出土2
(枚方市教育委員会より提供)

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井戸さんのお話によると、見学者が立っているあたりでまだ掘られていない部分にももっと墓群が続いている可能性があるとのこと。

また、八幡市の横穴墓群と今回のアゼクラ遺跡の横穴墓群が大変よく似ているそうで、このあたりの墓の特徴なのではとお話しされていました。

こうした調査成果から、枚方あたりにも京田辺・八幡と共通した横穴墓群が造られていることがわかりました。特に今回の調査は北河内における古墳時代末期の墓制を根本的に考え直す重要な発見となった、とのこと。

また、今回の発掘調査で見つかった出土遺物の一部が展示されていました。
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↓今回の出土遺物
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それぞれ順番に見ていきます。
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展示されていたのは以上です。

古墳に詳しい大阪府立近つ飛鳥博物館
館長白石太一郎氏のコメント

《枚方市アゼクラ遺跡発見の横穴墓群についてのコメント》
墳丘をもつ通常の古墳とは異なり、横穴墓の営まれる地域には大きなかたよりがある。
大阪府の河内地域でもその南半で生駒山脈の南端にあたり、線刻壁画で有名な柏原市高井田横穴群、さらに大和川を隔てた南の同市玉手山丘陵の安福寺横穴群や玉手山東横穴群などが有名ではあるが、河内北部では横穴の存在は知られていなかった。

ただ今回横穴群がみつかった枚方丘陵のすぐ東方、山城地域になるが、同じ生駒山地北辺の丘陵地帯では、京都府八幡市美濃山横穴群、同市荒坂横穴群、京田辺市松井横穴群、同市堀切横穴群などが早くから知られていた。

アゼクラ横穴群もまたこの生駒山地北辺の南山城の横穴群との関わりで捉えることができよう。いずれにしても、北河内にも横穴墓群が存在することが確実になったわけで、墳丘をもつ古墳とは異なる横穴墓の被葬者の性格を解明する上でも、きわめて重要な発見である。

〜予告〜
実は、今回の記事の横穴墓群が発見される前、先月1月11日にこの現場を取材させてもらっていました。
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その時の記事はまた後日改めて、詳しくお伝えいたします!
お楽しみに。

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枚方市教育委員会文化財課(公式サイト)都市計画道路御殿山小倉線の埋蔵文化財確認調査の報告について(枚方市HP)

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ライター:おさや@ひらつー おさや@ひらつー