幻の鉄道となった「生駒枚方鉄道」と今の交野線との枚方市内部分の違いは何?【ひらかたクイズ】

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今回のクイズはこちら↓

Q.幻の鉄道となった「生駒枚方電気鉄道」と今の京阪電車交野線との枚方市内部分の違いは何でしょう?

a.複々線にする予定だった
b.牧野村を経由する予定だった
c.地下鉄にする予定だった
d.枚方部分だけ環状線にする予定だった

ひらつー内正解率 50%

電車-2011081
昨日11/8の霧の中の京阪)

ちなみに枚方市内に限らない、一番の違いはやはり、生駒とつながっていることです。







正解は
b牧野村を経由する予定だったでした!

枚方市史の11巻のP616にソースとなる資料がありまして、それによると生駒枚方電気鉄道は、

北生駒村(現:生駒市)→北倭村→田原村(現:四條畷市)→磐船村(現:交野市)→交野村→川越村(現:枚方市)→牧野村→枚方東口(京阪と接続、現枚方市駅)

といったルートをとる予定だったようです。

だいたいの道筋を地図で再現しました↓

ポイントは牧野村の場所でして、この鉄道の申請があったのは1920年ごろ。

そのころの牧野村は磯島や渚といった現在御殿山周辺のエリアまで牧野村だったとのことで、めっちゃ好意的に見て渚の南部あたりに上記の地図では駅を設置しました。

そうじゃないと、川越小学校あたりから牧野にいって枚方市駅にいくルートの整合性がとれないといいますか(笑)

【追記:禁野や宮之阪まで牧野村(旧 禁野村)の範囲内だったという情報提供がありました。確認したらまた追記します!】

仮にこの鉄道ができていたとしたら、生駒と枚方の距離が今よりも近くなっていたのでしょうか。

なお現実としては、この路線には信貴生駒電鉄ができまして、名前のとおりこれも生駒と枚方を結ぼうとしましたが、1930年の昭和恐慌などの影響で計画がなくなったそう。

そして信貴生駒電鉄は1939年に交野電気鉄道になり、1945年に京阪に譲渡されて今に至ります。


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