戦後すぐの頃、枚方信用金庫の設立に奔走した人の話

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先日アップした「戦争時、枚方出身の兵士が戦闘機で枚方小学校上空を飛び、帰ってこなかった話」という記事の話題を提供していただいた塩熊商店さんのブログに、また別の昔の枚方の話が載っています。

↓こちら

枚方信用金庫の設立に奔走した人の話なんですが、それが今も三矢町にある「塩熊商店」さんのご主人のおじいさん、熊三郎さんなんだそうです。

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塩熊商店。

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左の写真の後列左が熊三郎さん。

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枚方信用金庫枚方公園前支店。本店の写真じゃないのは単に手元になかっただけです。

枚方市史によると、枚方信用金庫設立の事情は
昭和二一年における枚方の金融機関は、都市・地方銀行の支店が数店あったものの、それ以外は各地域の農業会(旧産業組合)がその役割を果たしていたにすぎなかった。そのうえ時とともに地方資金は大都市に流出して金融事情は悪化し、地元の小規模事業に対する融資はままならない状況となっていた。このため、組合会員が一定資金を出し合い、相互の金融を図ることを目的とする信用組合の設立が切望されたのである。

とのこと。

このままじゃ枚方の商業はダメになると思って、設立のために頑張られたんでしょうね。今までなんとなく枚方市がお金を出してポンと設立されたのかなと思ってましたが、相当な苦労があったようです。リンク先には今じゃありえないような当時のエピソードなども載ってるのでぜひ読んでみてください!

※塩熊商店さん、写真提供ありがとうございました!

関連リンク
ひらしんのあゆみ 枚方信用金庫
ライター:カズマ カズマ

カテゴリ : 経済 話題