ひらかたメモリーズ file.012 [1998年6月@池之宮]

枚方の人々の思い出を元にした、ほぼノンフィクションの読み切りエピソード集「ひらかたメモリーズ」、第12回をお届けします。

ひらかたメモリーズタイトル12


ひらかたメモリーズ file.012

1998年6月@池之宮 午後2時
 営業車の窓を開けると生ぬるい風が頬をなでた。

 フロントガラスから見上げる桜の葉も、瑞々しい青葉から落ち着いた深い緑色へとすっかり変化していた。

 私は…何も変わってないのに…

 菜々子はハンドルにもたれかかりながらしばらく桜の木を見上げ、それに飽きると勢い良く背もたれに身を投げ出した。

 この春から営業職として就職した菜々子の担当地域は池之宮だった。同期は男ばっかりだったので上司から優遇され、なんとかノルマを達成させてもらっていた。

 ワールドカップ初出場を果たしたサッカー日本男子が初戦に敗れたニュースで持ちきりだった事務所をそそくさと飛び出した朝から、あてもなく車を転がし、結局この場所に落ち着いた。

 住宅地のはずれ、空き地の隣。たまに自転車が通るくらいで、アイドリングしなければ、そこまで迷惑にならない大きな桜の木陰になる場所。

 菜々子いつからか勤務時間の大半をここで過ごすことになった。

 流行についていこうと事務所から持ちだした先月号の情報誌を膝の上に広げても、写真も活字も、垂れ流している時間と共に意味もなく通りすぎていく。

「営業は向いていないんじゃないか…」

 何度も飲み込んだ言葉は、飲み過ぎた夜の吐き気のように喉元まで出かかっている。

 一緒に大学を卒業した友達も、今頃それぞれ頑張っているんだろう。

 そう思うことで、なんとか自分を会社に向かわせていたけれど、無為に過ごす時間が重なれば重なるほど罪悪感はつのっていく。

 本当はやることなんて山ほどある。

 インターホンを押して飛び込み営業したり、ダイレクトメールを作成したり、電話営業したり、チラシを作ってポスティングして回ったり…

 そうわかっていても、菜々子は運転席の背もたれから離れられないでいた。

 助手席には仕事している “フリ” をするための書類と、すぐにとれるための携帯電話。『今日はYさん宅とKさん宅への営業』という設定で…。

 何をしてるんだろう私は?

 毎日同じことを自問しても、答えが見つかる気配すらなかった。 

(おわり)


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