昔淀川が氾濫したときの浸水範囲や、枚方公園駅近くの普通の道路が元々は洪水時の「仮堤防」として作られたことなどを紹介した動画【枚方リンク】

☆注目の枚方関連サイト・ページを紹介する「枚方リンク」


6月にひらつーも出演した「ここがしりたい枚方市」の7月公開分の動画です。司会の仲みゆきさんは先日アップしたヒラカタがおにも出ていただきました。

今回の内容は、明治18年に大雨で淀川の堤防が決壊したことで枚方から大阪市内にかけての広範囲で起こった大洪水について。それに関する石碑や当時の仮堤防の跡地(桜町)などを回りながら、当時の状況や今も残る資料などが紹介されています。それにしても大阪一帯で浸水があったとは驚きでした。

他にも臨時福祉給付金の申請についてなどがニュースとして紹介されています。詳しくはリンク先にて。



ライター:すどん@ひらつー すどん@ひらつー

カテゴリ : まち 

この記事へのコメント

4. とおりすがり   2014年07月30日 18:32
>それにしても大阪一帯で浸水があった
太古の昔、それこそ枚方の際際まで海だったという……。大阪市内で陸上にあったのは上町台地だけだったそうですよ。
昨年だったか洪水で亀岡駅周辺が大変なことになってましたけど、太古の「亀岡湖」の記憶が残ってるんだなぁ……って思ったのはヒミツ。

※2さん
>東日本大震災や紀伊半島豪雨の前までは、
(途中略)
>政治家もこぞって鼻で笑ってたんですよね…。
東日本大震災の防潮堤は何度も津波被害に遭った経験も踏まえ、それこそ政治家の方々が予算を引っ張ってきて高くて長い防潮堤や津波避難ビルを建てられましたよ……。
防潮堤より丘側、先人達の「ここから先に住むな!」という祠や地名などの目印を無視してその先に建ててたらそりゃあかんわ……って話が残念ながら多かったようですが……。
紀伊半島豪雨は元から多雨地帯で割と対策はしてたんですが、人口を考えるとそこまでのリソースを割くことが出来ない、てのはある程度分かりますがね。
3. じゅんデザイン   2014年07月30日 12:31
住民さん こんにちは

昔、台風が上陸して枚方も水浸しになる被害になったことがありましたが、そのときは雨漏りもしたのを覚えています。
2. 住民   2014年07月30日 06:40
>じゅんデザインさん
淀川は枚方あたりで軽く左カーブを描いているので、内周より外周を破堤させるほうが物理的に楽なようです。
また、枚方地点で破堤すると内水被害が大阪市方向まで及んでしまうので、大阪市内の被害を守るために…という話を聞いたことがあります。

今はどっちも守らないと…という前提で整備がされているようですが、東日本大震災や紀伊半島豪雨の前までは、100年に1度の災害というと政治家もこぞって鼻で笑ってたんですよね…。
枚方は淀川にくっついてるし、淀川に委ねて成立してきた文化でもあるので、川とは良いときも悪いときも切り離せない関係にあることを忘れないようにしたいところです…。
1. じゅんデザイン   2014年07月29日 22:43
昔、もし淀川が決壊しそうになったらどうするかという話し合いがあって、枚方側ではなく高槻側を決壊させるということになっていたという話があったとかなかったとか。