ひらかたメモリーズ file.003 [2008年6月@淀川河川公園]

枚方の人々の思い出を元にした、ほぼノンフィクションの読み切りエピソード集「ひらかたメモリーズ」、第3回をお届けします。


 
ひらかたメモリーズ題字
ひらかたメモリーズ file.003

2008年6月@淀川河川公園 午前7時
 たった数キロ走っただけで身体中が悲鳴を上げている。肺は酸素を求めぜえぜえと音を立てながら収縮を繰り返し、脇腹には誰かに握られているような痛みがある。血行が良くなったせいか両脚ぜんぶがかゆくて仕方がない。紐を強く縛ったコンバースのオールスターは地面の感触をそのまま伝えた。

 生きている。
 
 久しく実感していなかった気がした。
 
 耕平は立ち止まり前屈をしながら両手で左右の脚を順番にパチパチと叩いた。ハーフパンツからのぞくふくらはぎは、ずいぶん細い。

 当たり前だ。府大会の常連だったのは、もう10年以上前の昔話なのだ。

 
 勤めていた会社を辞めたのは嫌になって放り出した訳ではなかった。先輩にも可愛がられていたし、人間関係も良かった。ただ、仕事は繰り返すだけの単調なもので、このまま一生をここで過ごしていいのだろうか…。そんな疑問は1年も経たないうちに心の底に芽吹いた。

 飲み会で先輩に相談すると「辞めた方がええぞ」とあっさり言われた。あまりにあっさりだったので耕平は思わず言った。

「引き止めてくださいよ!なんか、そういうやり取りあるでしょ!」

「え? あぁ…。そりゃ、オマエがおらんとつまらんくなるけど、まだ若いんやからチャレンジした方がええやろ? それはオレも前から思ってたから」

 そんな風に考えてくれていたとは。
 耕平は言葉が出なかった。

 昔から資格の必要な仕事に憧れていた耕平は専門学校入学の手続きを早々に済ませ退職した。自己都合の退職にも関わらず、良くしてくれた先輩たちが集まり送別会を開いてくれた。

「がんばれよ!」
「稼いでええ店連れてってくれよ!」
「オレが辞めたら雇ってくれよな!」
「アカンかったら帰ってこいよ(笑)」

 名残惜しい気持ちで実家に帰ってきた。

 実家は数ヶ月前に枚方市に引っ越した。縁もゆかりもない土地だったが、いい物件が見つかってセカンドライフを過ごすにはもってこいだという両親の判断だった。

 そして間もなく父が倒れた。

 突然倒れたと連絡があったのは、耕平が散髪をしている時だった。髪を切り終えて携帯を見るとゾッとするほどの着信があった。病院にかけつけた時には父は集中治療室に入っていた。

 専門学校で資格の勉強をするつもりだった耕平だが、父親が一人で経営していた会社を畳むため、知り合いを頼って顧客を振り分けることになった。全く畑違いの仕事だったが、言いくるめられていることはわかっていた。でも、お客さんに迷惑がかかれば父も不本意だと思い、見て見ぬフリをした。中学に上がる時に治ったはずのアトピーが再発した。

 母は病院に付きっきりだった。耕平も仕事終わりに顔を出したりしたが、母はなかなか父のそばを離れようとしなかった。

 思い描いていた春ではなかった。いつの間にか桜は散って若葉が芽吹き、その色も落ち着いて6月に入った。耕平はあまりに変わりすぎた環境に適応できずに、眠れない日が続いていた。病院から真夜中に電話がかかってきたことも一度や二度ではない。父は未だに集中治療室に入ったままで意識は戻らない。いつでも車を出せるように、あんなに頻繁に飲みに行っていた耕平はアルコールが飲めなくなった。

 その日も断続的な眠りで頭は朦朧としていたが、窓から差し込む光が耕平を起こした。時計の針は6時を回ったところだ。

走れ。
そう言われた気がした。
 
とにかく、走れ。
耕平は身体を起こした。
 
 ランニングシューズなんて持っていなかった。まともに体を動かさなくなって何年経ったかわからない。それでも、もう、じっとしてはいられなくなった。

 家を飛び出して淀川を目指した。車で川沿いを通った時に大きな公園があることは知っていた。走り出すと内臓が大きく揺れるのを感じた。足の運びもぎこちない。ふわふわとして地面をうまく蹴ることができない。

それでも楽しかった。
今は、走ることだけを考えれば良い。

もっと脚を上げろ!
腕のふりが小さいぞ!
背筋を伸ばせ!
肩を回して力を抜け!

 あの頃は先生にも先輩にも言われ、そして、いつしか後輩にかけていたセリフが頭にこだまする。耕平の現実は速度を上げるほど置き去りにされていく。そして、耕平は束の間の自由を手に入れる。

淀川河川公園はとにかくだだっ広かった。
 
自転車で軽快に走り去る人。
犬を散歩させた人。
ラジオをぶら下げながら歩く人。
息を切らしながら険しい顔で走り去る人。

思い思いの時をそれぞれが過ごしている。

 この広い空間はその全てを受け入れて、素知らぬ顔をしている。太陽は傾きを刻一刻と上げ、斜めに伸びた影は少しずつ真下に移動し、現実という名のフィールドに耕平を押さえつけていく。

 シロツメクサが群生し、綿毛になったタンポポがあちこちに乱立している。敷き詰められたクローバーの葉っぱを見つめて思い出す。確か四葉のクローバーは踏みつけられることによって出来る突然変異だとかなんとか…。

 それが真実かどうかは耕平にとってはどうでもいいことだ。

 新しい1日がまた、始まる。
(おわり)

 


 

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